魔法剣乱れ打ち【マネジメントと営業ノウハウ】

マネージャーや営業マンのスキルアップ

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『努力できる人たちは一体何がちがうのか。その6つのちがい』が体系化され過ぎててまたしても大きな学びになった件(転載)

   

夕日と晩酌

このブログでも、何回もご紹介させて頂いているbooks&appsさん。

またしても超お勉強になりました。「努力できる人たち」は一体何がちがうのか。その6つのちがい。

「努力」という言葉の体系化は、考えたこともなかったです。安達 裕哉さん素敵すぎる。

1.努力とは、精神論でなく、方法論である

努力をする人々は、「きついことを何とかしてこなそう」とするのではなく、「どうやって楽に継続するか」を考える。良い意味で、自分を信用していないので、努力を仕組み化する。
例えば、「家に帰らず、会社帰りに勉強する」など、継続できるためのルーチンを作る。

「努力」という重い言葉にならないような方法を、自分で考える。

気軽にできる、継続できる、それが大事で、それが結果的に成果につながる。

2.努力とは、才能でなく、環境に依存する

努力を出来る才能、と言う方がいるが、努力できる人たちは「才能」といった眼に見えないものを当てにしない。代わりに、目に見える「環境」を何とかして努力ができるようにしてしまう。

勉強しやすい環境、継続しやすい環境、心地よい環境を自ら作り出す。

そもそも努力する人たちは、自分は、才能も人脈も、運も持ち合わせていないと認めている人。

才能に依存しようという考えは、そもそも持っていないのです。だからこそ、常に努力できる環境を作り上げます。

3.努力とは、結果でなく、過程である

努力できる人たちは、結果よりも過程を重視する。「どうせ勝てないからやらない」「今から一流になるのは難しいからやらない」とは言わない。
「勝てるようになるかどうかは分からないが、そこに至るまでの過程が大事」あるいは、「一流を目指す姿勢が重要」と言う。

努力する人たちは、決して努力自体を美しいとは思っていないはず。

ただし、これまでの結果のなかで、努力の過程があって生じた成果に確信があり、過程をないがしろにしません。

4.努力とは、楽しむものではなく、単なる習慣である

努力をし続けている人たちに聞くと、ほぼ例外なく「キツくて嫌になる」と述べる。「では、なぜ続けているのですか?」と彼らに聞くと、彼らは決まって「習慣だから、やらないと気持ちが悪い」という。

努力をし続けている大半の人は楽しんでいるわけではなく、いつものことをしているだけである。

「努力しなきゃ。」「またサボってしまった。」などと繰り返していると、それだけで疲れてしまう。一種の「無」の気持ちで、物事に向き合う事。

楽しければ、それに越したことはない。しかし残念ながら、全ての努力が楽しいなんて事はありえない。習慣にすることが大切だ。

「成果をあげるのは、才能ではなく習慣」とは、ドラッカーの言葉です。良い習慣を身に着けること。

5.努力とは、達成感ではなく、学習感である。

達成感を味わうために努力している、という方も中にはいるが、実際にそれよりはるかに多い人が感じているのは、「今日はこれを学んだ」という学習感である。

大抵の場合、努力は成果と直接には結びつかないため達成感は味わいにくい。
むしろ自分の中に何が得られたのかを重視するほうが、努力するにあたっては有益である。

「努力」とは成果に結びつくものであり、成果をあげた後にしか確認できません。

だから、常に「努力」というものは、過去形で語られるものであるべきであり達成感は努力をしているときには、味わいにくい。

「昨日知らなかったことを、今日学んだ!!」という学習感が大切です。

6.努力とは、信仰である。

努力をしたほうが良いかどうかは、本質的には誰にもわからない。報われる保証もないし、結果がでるという客観的な証明もできない。

だが、「努力をする人」は、「努力をすることの価値」を信じている。それは一種の信仰であり、証明を必要としないものである。

結局は、この言葉に尽きます。

頑張っても無駄だと思ってしまうと、努力は続かない。成功体験を積んだ人は、努力の価値を信じている。

まさに、「信仰」という表現がピッタリです。

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